2009年、更新終了


今年の南観音山の祇園祭も、全ての行事を無事に終えることができました。祭りを終えたとき、誰もが口にする言葉が「来年も今年と同じように(無事に終われますように)」という言葉。初めて南観音山を撮影した年に、この言葉を聞いたとき、少々違和感を感じずにはいられませんでした。”来年は今年よりも良い祭りにしたい”というような答えを期待していたからです。

しかし、南観音山とのお付き合いがちょうど10年になった今、少しばかりその意味を分かったような気がします。行事や儀式、イベントとして1100年以上に渡ったこの祭りは、既に完成しつくしているのでしょう。大きな実行委員会や広告代理店の手によらず、祭りに携わる普通の一般市民の一人一人が、それぞれ確かな役割を持って祭りに望んでいる。そして、その行為や責任を楽しみながら、今年の祭りを終え、来年の今日を待つ。その繰り返しが、1100年もの長い間続けられてきた結果、この祭が今日あるのでしょう。

そして、人間が携わっている以上、様々なドラマがあります。今回、行事の記録撮影とは別の機軸で撮影を行いました。その過程で、いろいろなエピソードや、祭りに対してどのような思いで参加しているのかを様々な人から聞く機会がありました。取材を10年続けてきた結果、可能だった撮影のように思います。また来年に向けて、新しい形でご覧いただけるように企画を練っていきたいと思います。

最後の更新の動画は、今年2009年の南観音山の宵山・巡行のハイライトシーンです。YouTube HDの高画質でお楽しみください。

では、これで2009年の更新は終了です。また、来年、何らかしらの形でweb上などで「今年と同じように」皆様のお目にかかれればと思います。ご視聴下さいましてありがとうございました。

足洗い


お山しまいや、片付けが終わった18日の晩、南観音山の関係者が集まり、慰労会が行われます。今日でお祭りが終わり、明日から日常の生活が始まるという意味から、この宴会は「足洗い」と呼ばれています。南観音山は、毎年、ホテルの宴会場で100人以上もの関係者が集まって盛大に行われます。浴衣が正装というのも面白い風景ですね。無事に今年も終わった安堵から、あちこちで大きな笑い声や笑顔が見られます。この後、3次会まで宴会は続きました。笑

お山しまい


山鉾巡行の翌日、18日。朝6時頃から大工方・手伝い方が集まって、山を解体して再び収蔵庫へしまいます。まずはご神木の松を切り落とし、徐々に部材を解体していきます。


会所の奥には収蔵庫があり、所狭しと部材が並びます。限り有るスペースに、すべての部材を収めないといけないだけでなく、来年の山立てがしやすいように、順序良く収めていきます。


会所と蔵をつなぐ渡り廊下は折りたたみ式で、オフシーズンは折りたたんで収納しています。祭りの時期は、部材や懸装品を出したり、囃子方の休憩スペースとして渡り廊下が使われます。

最後に、観音さまと善財童子さまを安置し、お山しまいが終了。部材の一部を新調する計画があるため、採寸のためにやや時間が遅れて13時頃終了でした。

祭りのフィナーレへ


新町御池で最後の辻回しを行います。意外と多くのお客さんが見学しているため、最後に気合を入れなおしての辻回しです。


狭いので、山の進行に、非常に気を使う新町通りです。確かに非常に狭いのですが、逆にとても間近に山鉾を見ることができるので人気のスポットとなっているようです。

無事、南観音山が出発した百足屋町に到着し、囃子が最高潮に達すると、巡行が終わります。締めに、手と鉦と太鼓で三三七拍子。祭りに携わった人々が一体になって、祭りは終わりを迎えます。



祭が終わると、山に飾った柳の枝が配られます。厄除けのお守りになるとのいわれがあるため、取り合いになる程人気があります。

河原町通りをゆく


巡行が順番どおり進んでいるか確認をする、「籤改め」をすませ、四条通りを進むと、河原町との交差点で辻回しを行います。ちょっと遠景からご覧ください。



AndroidのYouTube画像では伝わりづらいでしょうか。山の車輪付近は、重さでギシギシと軋んで独特な音を出しています。少しばかり上り坂の河原町通りでは、一層車輪の音が大きく聞こえます。